3.122012/03/12 14:59

昨日の朝刊に、岩手日報、河北新報、福島民報、福島民友の4紙が、1年前の紙面を合同で作ってくれました。
激震のあと、「これは、世の中が大変なことになるはず・・・だ」と感じました。
ろうそくの暗闇の中、ラジオに耳を傾け、たえまなくおそう余震におびえながら朝を迎えました。
被害の情報は、ラジオのニュースだけでは不足しています。
頭の中で描けるイメージにも限界があるのです。
なかなか眠ることもできず、明け方にやっとうとうととして、白んだ空を観て玄関を開けました。
思わず大声で叫びました。
「来てる!来てるよ、新聞が!」
配達された新聞を見て、「だいじょうぶだ。この世は終わっていなかったんだ」と、希望の光を見たことが忘れられません。
紙面は、災害のすさまじさを報道していました。
取材も印刷も配達も、どんなに困難を極めたかは、あのすさまじい地震を体験すれば、想像がつきます。
社屋も被害を受けた河北では、新潟日報の協力の下に印刷にこぎつけ、こんな田舎にまで新聞を届けてくれました。
地元紙の意地を見せてくれた河北新報に、救われた人も多かったと思います。
3.12のこの紙面を、一生忘れないと思います。