帝王切開の結末2008/01/23 20:49

午後2時、そうべえより緊急連絡。

「やるぞ!」「あいよ!」

おかる、大急ぎで古いシーツを用意し、お湯をバケツで牛舎へ運ぶ。

患畜のお腹の毛を、I獣医さんがかみそりで剃っている。おかるは、何かを感じ取っている牛の目と、ばっちり目線があってしまい、ちょっと胸が痛む。

麻酔を打って5分後、真打のA獣医さんが登場。

「そうべえさんよ、覚悟は決まったかい?」

「このごにおよんでは、「しかたねえな・・」

A獣医さんはメスで腹部と子宮を切開し、子牛の足にロープをかける。えいや!とそうべえらがロープを引っ張り、子牛を外に出す。

「ひえ~・・!」などと、ひるんではいられない。(おかるは、びびりまくり)

着々と必要な手立てをするのみである。命がかかっているのだ。まさに、その場は、チームバチスタ、医龍の世界。

子牛は虚弱児の様子。A獣医さんは自分の口を子牛の口に付けて、必死の人工呼吸。

ウエ~ウエ~と、子牛の苦しそうな声が哀れである。

必死の救命にかかわらず、子牛の命は消えていった。

牛飼いをしていると、こんなことがある。

1年かけてはぐくんだはずの小さな命。

母牛の腹に残った赤い傷跡を眺めながら、おかるもそうべえも、やりきれない思いでいっぱいだった。

お見合い2008/01/08 14:41

母屋の坂を下りてすぐに、繁殖用の牛小屋がある。

お昼寝をしていると、なにやら騒がしい牛の声。

外を見て、「はい、ごたいめ~ん!」。

母屋の庭に子牛が一頭、あどけない顔に、黒い目をまん丸にしてこちらを見てました。

「やれやれ・・」そうべえ、寝ぼけ眼で腰を上げる。

子牛は、大人の牛にどつかれた勢いで、餌層と柵の隙間から外に飛び出すことがあるのだ。

「やれやれ・・・」おかるも、まだ夢の中をさまよいながら腰を上げる。

大人の牛と違って、子牛の脱走は分別がない分厄介なもの。

二人係で子牛の行く手をふさぎながら、母牛の下へと誘導する。

ふと子牛君、何を思ったか、母屋への坂を駆け上がったかと思いきや、くるりと向きを変え、そうべえに向き合った。

一人と一匹の間に流れる不思議な時空間。

「おまえな、さっさと母ちゃんのもとへ帰れや」

「えへへ。や~だもんね~」

後ろから眺めるエスパーおかるの耳には、そんな会話が聞こえてきたのであった。

*ちなみにこの子牛、すぐに自主的に母牛のもとへ帰還しました!

捕り物帖2007/12/18 20:38

このところ、物置の柿が被害にあっていた。

下手人は、中途になって捨て置かれたサプリメントにまで手を付け、健康オタクのところを見せていた。

おかる、ホームセンターでネズミ捕りを買い込む。

いまどきのネズミ捕りは、とりもち式(あるいは、ゴキブリホイホイ式)である。

あやまって人が踏むと、靴下がひとつお払い箱となる。

さて、くだんの下手人は、本日お縄になった。

かわいそう・・などという温情は無用である。そこまで利害の対立は深刻なのだ。

おかるは、はたと考える。

昨日は牛を捕らえた。

今日は、ネズミを捕らえた。

明日は、だれの番?

長い一日2007/12/17 21:26

朝から所要で仙台へ。

夕方、買い物もする暇もなく、やっとの思いで帰ってくると、台所にはお昼の食器がそのまま、おかるを待っていた。

大急ぎでかたづけ、夕飯の用意を整える。

ふと牛の鳴き声に外を見ると、牛舎の電気がつけっぱなしであることに気づく。

今日は、そうべえがお江戸へべこ売りに行ってしまった。

おかるも仙台行きだったので、じっちゃんが一人で餌やりをし、電気を消し忘れたのだ。

「ちょっくら、おらが行って、消してくっから!」

おかる、懐中電灯を片手に牛舎へと走る。

すると、が~ん!!!あってはならない場所で、ぬらりと大きく黒い影が動くではないか。

「じっちゃん、牛が逃げてるでば!」

「なにや!?」

おかる、お風呂に入り良い気持ちでくつろぐじっちゃんを、家から引っ張り出し捕獲作業へ。

無事捕獲し、やっと晩御飯にありつく。

仙台のクリスマスイルミネーションの世界から、牛の世界へとジェットコースター並みの急展開。

長~い長~い一日でした。

そうべえ、危機一髪!2007/10/11 21:01

「こんなになっちまった・・・」

と、そうべえがズボンをたくし上げると、太ももや脛に、赤い擦り傷とあざが・・!

「お前さん、どうしたんだい!?」

目をむくおかるに、そうべえ事の顛末を語って聞かせた。

そうべえ、生まれたばかりの子牛が柵の外に出ているのに気づく。押し込んでやってもよかったが、子牛を抱き上げ、部屋に入る。とたんに、興奮した母牛にドンと突き飛ばされ、仰向けにひっくり返ったそうべえの上を、体重400キロの牛が、2度も踏みつけて行ったという。

「もう、あの時は決まったかと思った・・」そうべえも、今生きているのが奇跡とでも言いたげ。

「牛に踏まれて、この程度済むとはねえ!?」おかるも絶句。

「あいつらも、加減して全体重はかけないんだな」そうべえも、ため息。

(おらの亭主になんつうことするんだや!)おかる、憤懣やりきれなく牛舎に駆けつけ、下手人の顔にカメラを向けた。

とたんに、母牛はおかるに向かって突進し、目の前でブフア!と鼻息を鳴らして見せた。

おかるも、迫力に気おされ、ひっくり返りそうになる。

しかたなく、すごすご牛舎から引き上げた。

夜に牛舎に行くと、そうべえ、例の母牛にかいがいしく藁を食わせていた。

「こいつ、子牛を守ろうとする本能が強いタイプなんだなあ・・」

おかる、そうべえの言葉に、牛飼いの冷静さと慈悲を感じたのであった。

読唇術2007/09/24 20:41

昨日の予定が一日遅れの今日、稲刈りがスタートした。

機械もよく動き、田んぼもぬかることなく、まずは順調の滑り出し。

そうべえが刈り取ったもみを、おかるが軽トラで運び、乾燥機に移す。

ダクトの長さには限りがあるので、軽トラを畦ぎりぎりに止めないと、すんなり届かない。

稲刈り機のエンジン音で声が届かない。そうべえ、おかるに身振り手振りで「もっと畦によれ!」とサインを出す。

おかる、ぼ~っとしてさっぱり動かず。

「○△×%*+&#!!!」

そうべえ、エンジン音の中で何やらはき捨てるように言うと、ぎりぎり稲刈り機を近づけて、モミを軽トラに流し込む。

おかる、不敵な笑みを浮かべ、そうべえにちかづき、耳元で叫んだ。

「お前さん、「もっと寄れって言ってんだよ、この!』っていったべ?」

「え?言ってないだろ、そんなこと・・・」

そうべえ、笑ってごまかそうするがもう遅い。

動きは鈍いが、おかるには、そうべえ限定の読唇術が備わっているのである。

微笑みあうそうべえとおかるの上では、青い空がさわやかに広がっていた。

緩衝土産2007/09/18 20:45

おかるは、朝から用足し三昧。午前中も決着がつかず、お昼も家にもどれなかった。

やっと家に帰ると、どっと疲れが出た。が、また、用足しへ方々を走る。

夕方一息ついて携帯を見ると、メール着信1通あり。

メールを開けて凍りついた。

「いっぷくたのむ」・・・そうべえからだった。

そういえば、今日は牛の爪きりの日。すっかり頭から吹き飛んで、一服のお茶だしも忘れていたのだ。

晩御飯の用意をしていると、そうべえが牛小屋から引き上げてきた。

「ごめんにょ・・・メール気がつかなかったんにょ・・・」おそるおそる言葉をかける。

「知らん振りしてたんだろうよ」と、冷たい言葉がおかるにふりかかる。

そこへ、息子が旅の土産を解いて見せた。

めずらしいパスタやマカロニ、オリーブオイルに、お菓子などなど。

たちまち、空気は氷解し穏やかなものとなる。

さて、その息子は、あさってには大学にもどる。

偉大なる緩衝を失う寂しさが、ふとおかるを感傷的な心持にさせるのであった。